夕焼けが霞んで見えない
また家賃払うの忘れてたよ!


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『パトリキ』
Name:『パトリキ』
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2008.05.14  新しい大ブログ史2 <<02:36


第4章 ブログ圏の危機

 彼のブログが全ブログ圏を抱え込んだとき、ひとつの機能不全が生じた。すなわち、彼のブログがいかに優れたものであろうとも、全ブログ圏にそれが広く行き渡るまで非常な時間を要するのである。この情報の遅延こそが、彼のブログの影響力をしだいに蝕んでいったのである。それは、これまで緊密に結びついていたブログ圏全体の紐帯が崩壊し、個々がそれぞれ自足していく分立時代の幕開けを意味するのである。
 それに加えて、彼が克服したかに見えた諸問題が、新たな形となって顕在化した。要するに、彼のブログが“めちゃつまらんく”なったのである。個々の記事のつまらなさ、それらがまとまって形成される“つまらんオーラ”、でもそんなの関係ないんだから!
 ブログ圏がしっかりと機能してさえいれば、彼のブログのつまらなさはさして問題とはならなかったはずである。つまり、ブログ圏の盛衰はひとえに彼のブログの限界をも規定していた。ブログ圏こそが、究極的に彼の足を引っ張る形となったに違いない。学者たちはこのように結論づけた。

旧版『ブログ史』より
事実、彼のブログはもとから面白いものではなかったし、根本のところで彼のブログの限界領域は規定されていたのである。ところが、大ブログ圏という誤った理念の導入にともない、決定的にその方針を見誤ったのである。



第5章 ブログ圏の没落

 彼のブログ圏は没落した。ここに、歴史は終焉したのである。そして黒歴史だけが残され・・うぁなにをするくぁwせdrftgyふじこlp

終章 さらなる改革と発展

 群雄割拠の分立時代は社会の荒廃をもたらすだろう。いま、新しい思想が必要である。だが、彼のブログはもはや力を持たない。今こそかつての伝統を守りぬき、自らのブログを立派に誇れるブログとして生まれ変わらなくてはならない。この東洋に浮かぶ美しいブログは、アジアの盟主としての“責任”を果たすべく、これからの国際社会建設に貢献せねばならないのである。

旧版『ブログ史』より
私のブログはこれまで多くの過ちを繰り返してきました。いまこそ歴史を直視し、このブログが行ってきた数々の過失にたいして、償いをし続けなければならないのです。社会の豊かさとは純粋に物質的豊かさだけではかれるものではありません。誰もが認め合える社会こそ、真に豊かな社会といえるのはないでしょうか。



No.237 / 歴史的なこと / Comment*0 // PageTop▲

2008.05.11  新しい大ブログ史 <<00:31


 〜はじめに〜(新版より追加)

 歴史とはただ与えられるものではありません。自ら評価し、創りだすものなのです。また、史料とはただ漠然と存在するだけのものではなく、私たちが自ら選び取るものなのです。こういった点を踏まえ、私たちは事実を知り、よりよい未来を築いていかなくてはなりません。

旧版『ブログ史』 序文
 私たちのブログ社会は、いまだ数多くの問題を抱えています。とりわけ、我がブログは多くの歴史的な反省点を現代に伝えているのです。悲劇を二度と繰り返さないよう私たちは歴史を直視し、そこから教訓を汲み取り、ともに共存可能なより良い社会を築くため未来へと進まなくてはならないのです。



第1章 前史

 パトリキはリベラルな中道左派として定評があった。彼がブログ開設を思い立った理由については諸説あるが、もっとも有力視されている説は、自らの思想を広く世に知らしめ、世界平和とよりよい市民社会建設の一助となることを望んだ、というものである。この説は広く人口に膾炙しているのみならず、史料的裏づけも信憑性にたるもので、かつこの説に対する主な反証も見られないことから、もはや定説となっている。
 彼の前ブログ的活動については主な史料が残されておらず、よくわかっていない。一部では、彼がホームページを持っており、まったく更新もしないで数年間にわたり「工事中」を宣言し続けた、などとともっぱら事実かのごとく語られているが、多くの学者たちの見解では認められていない。
 すなわち、パトリキは非常に社会的、文化的に有意義な活動を目指し、このブログを開設したことがわかっている。

第2章 黎明期

 ブログ開設から一年ほどの期間が黎明期にあたるとされている。彼は非常に熱心にブログを更新し、めきめきと文章力を向上させていった。やがて多くの支持をえて、秀逸なブロガーとして定評を得るに至る。とくに社会批判に関する記事はきわめて秀逸であり、彼の記事が周辺諸ブログに与えた影響は多大なるものであった。
 いっぽうで、もっぱら中心的な役割を果たした彼のブログもまた、周辺諸ブログの多様な記事に触れることで自らの記事をより充実したものにしていった。彼のブログは絶えず中心にありながらも、周辺との交流を欠かさず、彼のブログと周辺諸ブログは多様かつ広大なブログ圏を築くにいたったのである。これを「夕焼けが霞んで見えないブログ圏」と呼ぶ。

旧版『ブログ史』より
近年、我がブログが諸ブログに与えた影響について肯定的な意見が唱えられている。我がブログは絶えず周辺ブログとして、より中心にあるブログから多くの影響を受けてきたが、同時にその受容の過程において新しい解釈を施したうえ、それが逆に中心に伝播していったという例も認められるため、より慎重な議論がなされている。



第3章 内的発展期

 彼の思想が内的に発展を遂げつつあった期間を、一般的に内的発展期と呼んでいる。彼は中心的位置を占めつつも、自らの内的諸問題を解決するに至らなかった。彼のブログ文化は発展しきったとき、同時に彼の内的諸問題もまた顕在化したのである。
 その諸問題とは、ひとつには彼の鬱であった。そのため、ブログには絶えず「もう死にたい」などという弱気な記事を投稿したのである。しかしこれは、彼に影響を受けた多くの諸ブログ、諸ネットサーファーたちが、自らのよりどころとしているブログ圏の、その不動たる絶対性を大きく揺るがすこととなった。
 この問題を乗り越えるため、彼は内的発展を余儀なくされた。こうして、後に一大変革を導くこととなる精神的基盤の醸成が促された。この時期はこれまで不当に低い評価を与えられていたが、近年、これを初期的な革命意識の形成期として、そして大躍進にむけた前段階的な内的発展期として、高く評価されるに至っている。

第3章 外的発展期

 これまで第2章の内的発展期を停滞期として捉えるむきがあったが、近年においては第3章の外的発展期とあわせ、二つの発展段階として捉えなおされている。外的発展期の特徴として主にあげられるのは次の二点であろう。
 第一に、めちゃおもしろい記事の台頭である。すなわち、彼のブログが“めちゃおもしろく”なったのである。一時は勢いを失いかけたかに見えたブログ圏も、かつての大ブログらしさを取り戻した彼のブログのもと、その繁栄を取り戻し、それどころか一時的なブログ圏全体の停滞をばねとして、かつてない大繁栄期を築き上げるに至った。
 第ニに、彼の精神性の大躍進があげられよう。この大躍進なくして、いかに前にあげたようなブログ圏の復活が成し遂げられようか。これまでのびやかで大胆な気風を持っていた彼の記事は、それに加えて大海のごとき深さ、蒼空をさらに蒼く塗るかのごとき鮮やかさを備え、ここに文化的大成を見たのである。
 いまや、彼のブログは諸ブログ全体を包括しうるほどになった。だが、その巨大な機構ゆえ、いまだ直面したことのない大いなる危機が訪れようとしていた。それは予期されながら、決して避けることのできない必然的な衰微であり、歴史の終焉の、その始まりであった。

旧版『ブログ史』より
 確かに一時的に停滞期から脱したものの、それは見かけ上の進展であった。実際は、停滞期から持ち越された諸問題を抱えたままであった。これに対して僅かな修正を行うのみであり、根本的な解決策を見出せなかったことが、きたるべきブログ的危機から、そのまま悲劇的な歴史へといたる根本原因となったのである。



 第4章 ブログ圏の危機
  付録 旧版『ブログ史』 第4章相当 ブログの危機 
 第5章 ブログ圏の没落
  付録 旧版『ブログ史』 第5章相当 悲劇のブログへ
 終章 さらなる改革と発展
  付録 旧版『ブログ史』 終章 再生への取り組み〜より豊かなブログを目指して〜


つづく

No.236 / 歴史的なこと / Comment*2 // PageTop▲

2008.02.25  最近気付いたけど、これって日記とは呼べないよね。 <<19:32


合衆国には馴染みの深そうなプロットその1

「ヘイ、ジョーンズ!ポーカーで勝負だ!」
「いいぜジョニー。まったく暢気なもんさ!」
(平和な日曜日)

「わあっ!なぜ敵の飛行機がこんなところに!」
「助けてくれ〜」(ドカーン)
「繰り返す!これは訓練ではない!繰り返す!」

「我々は不名誉な攻撃を受け敗北を喫した。しかし、多くの戦友の死を無駄にするわけにはいかない。今日は我々の不屈の闘志を誓い合う記念日なのだっ!」

(奮闘するも結構ピンチ)
「くそっ、あと少しで敵にクリティカルなダメージを与えられそうなのに!ちょっとしたコストで最大限の効果を得られるのに!」
「みんな、おれにかまうな!体当たりしてやるぞ!ウオオオ!」(ドムーン
「ああっ、トムが最大限の効果の為に見返りを求めない献身を!俺たちはトムの死を無駄にはしないぜ!」
「トムの犠牲が明らかな効果となって現れたぞ!勝てそうだ!」
(ここからは演出の腕が試されるド派手な爆発シーン満載)

「我々は勝利した。だが、祖国のために身を捧げた英雄たちを、我々は永久に忘れることはないだろう。今日は勝利の記念日となるのだ!」

――この戦争に何の意味があったのだろう?――
――だが、そんなことを問うのはナンセンスである。――
(無名戦士の墓とか写しながらスタッフロール)


こういうシンプルなリベンジプロットをテンポよくかましつつ、壮大な音楽と壮絶な映像で魅せる映画、好きです。戦争映画ってのは、よく民族・歴史を表現している、いやむしろ表現することを好むのです。プライベート・ライアンは、そのへんの解釈を放棄しつつドンパチやった点で新しかったのかもしれません。それでも、やはり物語全体を通して「アメリカらしさ」が忍び込んでいる。ミラー大尉は死んで、ライアンは生き残りますからね。Uボートやドイツ製のスターリングラードと比べてみると、ドイツとも全然違っています。

などと、対立要素を適当に対比させて適当な事を言ってみる。

No.193 / 歴史的なこと / Comment*0 // PageTop▲

2008.02.15  その時は、まさか絶大な威力を誇るはずの四連装旋回機銃砲塔がまったく使い物にならないなんて思ってもみなかったんです。 <<10:24


真冬に壮健美茶を飲むと切なくなる。
きっと、夏の味なんだ。
あの夏の蝉しぐれが
今では吹雪の向こう側。
あの夏って、妙に魅力的な
響きがあるけど
どの夏だよ
ていうか、平凡な夏しか
過ごした記憶がねぇよ。


日本人には馴染みの深いプロットその1

「ご安心ください、提督。敵空母は付近にはいませんよ。」

「なんと、敵の攻撃隊が上空に!!」

「うわぁ、虎の子の飛行機が次々に!」

「ええい、かくなる上は敵を道連れにしてやるぞー!」

本国
「作戦は失敗です、司令。」
「そうか、残念であった。」

――この戦争に意味などあったのであろうか?――
――だが、兵士たちは確かに、信じるものの為に戦ったのである。――




(タイトルについてはここを参照)

No.192 / 歴史的なこと / Comment*0 // PageTop▲

2008.01.25  中立的な歴史とは何か? <<06:57


神著 人類訳『アジア太平洋戦争のすべて』 天使出版 0年

ワシは真珠湾に攻撃するようしむけた。
ワシは南京大虐殺については知らん。
ワシは原爆を落とすように、啓示した。
ワシは戦争を終わらせることを、決意した。
こうして戦争を終わらせたのは、まさにワシだ。
その他もろもろの事件は、ワシが望んだ。
こうなることは、最初から知っていた。

参考文献
なし

No.187 / 歴史的なこと / Comment*3 // PageTop▲

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