夕焼けが霞んで見えない
また家賃払うの忘れてたよ!


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『パトリキ』
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2007.07.20  和歌にちょうせんだ <<00:07


ネロ「あしはらの たゆたふ雁や 難波の津 
   いかでうつよに なごりぞあらむ
       パトラッシュ・・・・・・。」

パトラッシュ「クゥン・・・・・・。」

・・・リンリンリンリン♪

No.152 / 文化的なこと / Comment*4 // PageTop▲

2007.07.19  北海道の空 <<03:24


(※注意 この文章にはとんでもない「もののけ姫」が含まれています!)

北海道は本州と違う。何が違うかというと、具体的に挙げていけばきりが無い。そもそも地図上の座標が違うのだから、同じであるわけが無いが、日本という国とひとくくりに出来ない異質さがある。

北海道は空が大きいとよく言われる。空自体の大きさはどこでも変わらないはずだから、きっと土地が平坦なのだ。しかし、関東平野とか筑紫平野だって空は大きいといえる。六本木ヒルズから見た空と、何が違うのか。

おそらく、私たちの生活空間を無数に区切っている「壁」の間隔が少しだけ広がると、空全体が広く見えるに違いない。例えば道が広ければ空は大きく見えるだろう。

空は私たちの立っている空間の半分を占めている。およそ地平線から上の全てだ。テレビを見ていても、半分は空、半分は土だ。これは大地に立ってみないと実感できることではない。自分達が空と土の間に居るという感覚は、人の心に途方も無い無力感を与える。

空の大きさはただ物質的な大きさではない。空は不変であり無限であるから、「空」は人間が実際に認識できる最高のものだ。それ以上の認識は、「宇宙」という仮説によって完結する。人間はおよそ「空」および「宇宙」を越えて認識できないのだ。ここで言う認識とは「実感」のことであって、物理的に知ることではない。宇宙へ飛び立つ人々の欲求は、宇宙を実感することであり続けるだろう。

ビルが立ち並ぶようになる前は、日本には確かに神がいたのだろう。崇拝するべき存在は、あまりに簡単に克服されてしまった。今の日本人が崇拝するものは何だろう。ゴルフ場の山々だけが残されてしまった。

神が死んだ国から来た人にとって、北海道の空はやはり大きい。もちろん、ここにも神はいない。ただ、少しだけ余裕をもって作られた街と田畑がある。その外側には、まだ本州よりはまともな山野がある。無限の空間があって初めて神が宿るのと同じく、膨大な山野があって初めて大地の大きさを実感できる。でも、ここにも神はいない。

No.151 / 歴史的なこと / Comment*2 // PageTop▲

2007.07.16  食器の裏、そのイデオロギー <<15:57


食器を洗う時、裏側まで洗う必要なぞない。食品が触れるのは内側だけだからだ。私はずっとそう思い続けてきた。なんという合理主義だろう。いかなるフィクションをも寄せ付けない怜悧さが、そこにはあると思っていた。そう信じていた。
だが、恐るべきことに気付いたのだ。

「食器重ねてるじゃん。」

私の中に数年間根付いてきた合理主義が、一瞬にして妄信の海へと崩れ落ちた。まるで夏に溶け出す極地の氷河のように。食器の裏側に、あらゆるイデオロギーは無効である!

確かに、食器は重ねて仕舞うものだ。それこそが合理主義であり、私の信奉するところの「合理主義」こそがフィクションであった。まるでその場にそぐわないイデオロギーであったのだ。

食器の裏側に、あらゆるイデオロギーは無効である!

日本の社会を見るが良い。そこには食器の裏側に張り付くイデオロギーが溢れているではないか!見たまえ、あの汚らしい信奉者たちを。彼らはそれらを信じる以外にまともな事を知らないのだ。見たまえ、あの汚らしい煽動者たちを。彼らは人々を脅かす以外にまともな事を知らないのだ!見たまえ、彼の食器の裏側を。 きたねぇっ!


まぁ食器を裏まで洗うのは常識ですかね。

No.150 / 思索的なこと / Comment*2 // PageTop▲

2007.07.05  ザコ・パトリキスの肖像 <<00:51


最近、黒糖ばかりなめてます。黒糖にはミネラルのような何かが豊富に含まれており、体によいのです。無骨にして質実剛健な甘党諸君はぜひ黒糖をオススメします。

黒糖といえば沖縄ですが、自分は本籍地が鹿児島なだけあって南のほうの食べ物が好きです。チャンプルーなんて最高ですな。ラーメンは博多が一番です。サツマイモは食べ過ぎて飽きました。ああ、夏がくる。

九州に行きたくてたまりません。とくに長崎には未練があります。修学旅行では長崎に行きましたが、とてもあの程度の日程では満足できません。坂道好きにはたまらん街です。

とくに自分にとって原爆という事実は重いのです。明確な答えは出ませんが、そういう歴史を持った土地に行くという事は、これから生きていく上で重要な実感だと思います。

何も考えずにつらつらと書くと、どうもいかんです。エッセイを書く練習でもしてみようかと思います。

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No.149 / 文化的なこと / Comment*0 // PageTop▲

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